ある日、ふと気づきました。
会津で暮らした年月と、東京で暮らしてきた年月が、ちょうど半分くらいずつになっていることにです。
そして、思いました。
私って、どこの人間なんだろう?って。
以前、帰省した折、祖母から
「おめは東京の人さなっちまったんだものな」
と言われたことがありました。
たしかに、会津を離れてずいぶん経つし、生まれも育ちも東京の人と結婚したけれど、果たして、私は東京の人間なんだろうか?
そう考えたとき、違うなと思いました。考えれば考えるほど、ハッキリ違う。
うまく説明できないけれど、私の中に流れるものがあって、それは会津のものなのです。
どんなに東京で過ごす時間が長くなろうとも、私はやっぱり、会津っぽなんだと思います。
高校生の頃は、都会への憧れもあって、会津は田舎で嫌だなぁと思っていました。
上京したばかりの頃も、地方出身というのがどこか恥ずかしかった。
でも、それが、年々変わっていって、帰省するたびに、私の目には会津が魅力的に映るようになってきました。そして、そこで生まれ育ったということを誇りに感じるようにもなりました。
郷愁の念からきているってこともあると思います。
でも、それだけじゃなく、今まで見えなかったものが目に見えてきたのです。
暮らしていたときには当たり前すぎて気づかなかった普段の生活のなかにある会津の魅力に。
昨年、息子を出産してからは、ますます会津のことを知りたいと思うようになりました。
私の子供にも故郷をもたせてあげたい。そして、そのよさをちゃんと伝えてあげたい。
私の目に映っていない魅力がまだまだあるはず。
歴史や文化はもちろんのこと、土地で暮らしている人のこと、隠れたいいもの。
もう一度、私自身が会津のことをちゃんとみつめてみよう。そして、それを整理しよう。
そんなことを家で話していたら、夫が言いました。
「あなたが感じる会津のよさを発信してみたら?」
その言葉に背中を押されるように、『oraho』は動き出しました。
私は地元のことを隅々まで知っているガイドとして案内することはできません。
でも、離れて暮らしているからこそわかる会津のよさなら、うまく紹介できるような
気がしています。
一緒に会津を再発見してみませんか?
会津で暮らした年月と、東京で暮らしてきた年月が、ちょうど半分くらいずつになっていることにです。
そして、思いました。
私って、どこの人間なんだろう?って。
以前、帰省した折、祖母から
「おめは東京の人さなっちまったんだものな」
と言われたことがありました。
たしかに、会津を離れてずいぶん経つし、生まれも育ちも東京の人と結婚したけれど、果たして、私は東京の人間なんだろうか?
そう考えたとき、違うなと思いました。考えれば考えるほど、ハッキリ違う。
うまく説明できないけれど、私の中に流れるものがあって、それは会津のものなのです。
どんなに東京で過ごす時間が長くなろうとも、私はやっぱり、会津っぽなんだと思います。
高校生の頃は、都会への憧れもあって、会津は田舎で嫌だなぁと思っていました。
上京したばかりの頃も、地方出身というのがどこか恥ずかしかった。
でも、それが、年々変わっていって、帰省するたびに、私の目には会津が魅力的に映るようになってきました。そして、そこで生まれ育ったということを誇りに感じるようにもなりました。
郷愁の念からきているってこともあると思います。
でも、それだけじゃなく、今まで見えなかったものが目に見えてきたのです。
暮らしていたときには当たり前すぎて気づかなかった普段の生活のなかにある会津の魅力に。
昨年、息子を出産してからは、ますます会津のことを知りたいと思うようになりました。
私の子供にも故郷をもたせてあげたい。そして、そのよさをちゃんと伝えてあげたい。
私の目に映っていない魅力がまだまだあるはず。
歴史や文化はもちろんのこと、土地で暮らしている人のこと、隠れたいいもの。
もう一度、私自身が会津のことをちゃんとみつめてみよう。そして、それを整理しよう。
そんなことを家で話していたら、夫が言いました。
「あなたが感じる会津のよさを発信してみたら?」
その言葉に背中を押されるように、『oraho』は動き出しました。
私は地元のことを隅々まで知っているガイドとして案内することはできません。
でも、離れて暮らしているからこそわかる会津のよさなら、うまく紹介できるような
気がしています。
一緒に会津を再発見してみませんか?
はじめまして。先日、銀座“日々"というギャラリーに勤める友人から貴誌をいただき、大変、興味深く読ませていただきました。
私は小学校5年の夏に父の仕事の関係で東京に転居し、早40年となりました。若い頃は会津のことをそれほど意識していませんでしたが、30歳を超えたころから“生まれ故郷"というものを強く感じるようになりました。昨今はインターネットで様々な情報を得ることも出来ますが、こういった冊子がそれにたどり着くための道案内になればと思っています。
これからも会津の歴史と文化の紹介と、埋もれてしまった“もの"の掘り起こしを頑張ってください。
あんなかまことさん、はじめまして。コメントありがとうございます。細々とですが、次号以降もがんばりたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いします!
はじめまして、こんにちは。
センスのよさとあたたかみ。ステキだな、と手にとりました。
私は東京で生まれ育ちました。
そして会津で嫁になりました。
奥会津で3年間暮したのち、縁あって結婚してしまいました。
まさか嫁になるとは思いもよらない展開でしたが
今ではここが私の場所、と心地よく暮しております。
事後報告でまことに申し訳ないことですが
拙ブログにこちらをリンクさせていただきました。
もし不都合がございましたら申し訳ありませんがお知らせください。
震災後、福島県は苦悩の中にありますが
被災や非難を免れた会津だからこそ出来る何か、を
微力ながら差し出していきたいと思っております。
貴誌のご発展を祈ります。
はじめまして。コメントありがとうございます。
東京で生まれ会津に暮らすハルさんと、会津に生まれ東京で暮らす私が、orahoを通して出会えたこと、うれしいです。
私もハルさんと同じように、会津だからこそできることがあると思っています。私も微力ながら、できることを少しずつ進めていくつもりです。
一日も早く、311以前の福島が戻ってきますように。
こんにちは。
私は地元会津若松に生まれ高校まで過ごし、現在神奈川県に住んでいます。
先日実家の近所のconoha.というお花屋さんの情報を探していた際にorahoのブログに掲載されて知りました。
私は地元会津がとても好きで、大学を卒業したら地元へ帰りたいと思いながらも、就職先が神奈川でそのまま結婚となり会津をおもいながら今に至ります。あと二ヶ月で初めての赤ちゃんが生まれるのですが、子どもができるとなおさら故郷という存在を強く考えさせられます。
私たちの故郷会津の魅力をたくさんの人に、また生まれてくる子どもに知ってもらいたいとおもいます。会津が元気になるように私にはどんなことができるか今は分かりませんが、oraho応援しています!!
山本様
初めてメールをさせていただきます。去る9月、朝日新聞「ひと」欄で紹介された記事を拝見してから、いずれはご連絡を申し上げようと思っていました。私は、東京都府中市在住の会社員ですが、ふとしたきっかけで、さいたま市東大宮にキャンバスがある、芝浦工業大学の学生たちと知り合いになりました。彼らのリーダーは、会津坂下町の出身です。3.11以来、会津地方の主要産業である観光や酒は、主に風評被害によって壊滅的状況に置かれ続けています。福島県出身である彼ら学生たちは、大学キャンバスの所在地である東大宮商店街と、リーダーの地元である会津坂下町商工会を結び付け、継続的な交流・支援の仕組みを作ろうと、学内で支援プロジェクトを立ち上げ、大学当局からも正式認定を受けました。今夏、東大宮の夏祭りに、会津米でつくったおにぎりを売るという、学生らしい活動で支援活動のスタートを切り、今季のメインイベントとして、東大宮やその近隣から参加者を募集しての「会津交流ツアー」を企画し、先ごろ募集告知活動を開始しました。実施日は11月19・20の土日で、1泊2日のバスツアーです。一切旅行代理店などは通さず、学生と会津坂下町町役場有志による「手作りツアー」です。私は、彼らの活動や志を意気に感じ、手弁当でいろいろと応援・アドバイスをしています。この企画をたててから、いろいろな人と接触していくにつれ、さまざまな反応に接し、決してきれいごとではない、支援活動の実態を垣間見てきました。もしよろしければ、今回の企画内容や今後の展開について、報告させていただきたく存じます。この支援プロジェクトは、会津に絞っておりますので、orahoのコンセプトにも合うかと思います。企画書などを添付させていただきたいとも思いますので、差支えなければアドレスなどお知らせいただければ幸いです。突然のご連絡をお詫び申し上げるとともに、長文となりましたが、私どもの趣旨にご興味を示していただければ幸いです。
Tomomiさま、コメントに今気付きました。のんびり屋ですみません!
そろそろ出産の時期ですよね。元気な赤ちゃんが生まれますように。